2023.03.15

説明と言い訳

以前のコラムで「人前で話す時に注意すること」というテーマがありましたが、今回はネガティブな状況説明をする時に注意することをテーマにします。

以前一般企業に勤めていた時の事です。自分が担当する部署の業績についての説明を上長から求められたため準備していた資料を元に、概ね順調ではあるが広告の反響が代理店の担当者と見積もっていた数字に届いておらず最後に失速する可能性があると「説明」しました。

担当上司は全て聞き終わると私に言いました。
「資料の途中までは分かりやすい説明だったが、最後は言い訳になっているよ。」

その上司は会議をとてもスムーズに進行させ、やるべき事、やらない事を明確にし、しかも短い時間で終了する。”ではそう言う事で!しゃんしゃん”と終わる事は決してしない、これまでに見た事のない優れたファシリテーターでした。その憧れの存在から「言い訳」になっていると指摘を受けた事に非常にショックを受けた事を今でも鮮明に覚えています。

何をどう説明しようと「言い訳は聞きたくない」の一点で押し切る上司であればあきらめもつくのでしょうが、建設的ではない事を絶対に言わない方から「言い訳」と捉えられたのであれば正真正銘の言い訳だったのだと凹み反省し、会議後に謝罪に行きました。

「言い訳かどうかは聞いた相手が判断する事。言い訳じみていたって説明になっているとそのまま受け取る人もいるだろう。では私が望む説明とは何か。それは問題点が残っているならそれをあなたが解決できる状態となっている事である。」

私がよくつかう遅刻の言い訳に「赤信号が1時間続きました」と言うのがあります。これが仮に事実だったとした場合、それなら仕方ないかと「説明」としてうけとる方がいる一方で、時刻通りに到着していない結果を見て「言い訳」とうけとる方もいるでしょう。

・赤信号が1時間続いた⇒機械の故障が原因=私の責任ではない
・赤信号が1時間続いた⇒迂回路を事前に調べていなかった⇒私の責任である

前者では自分の責任と捉えていないので遅刻を繰り返す可能性があります。しかし後者で考えると自分の責任と捉えているので同じ過ちは繰り返さないでしょう。

実際には他者から責められないような事象であったとしても、それを自分の責任として考えられるまでに分解する事が説明の場では求められることがある。そこまで分解して初めて他者や環境が思い通りにならなくとも成功への道筋がある事を説明できる。 こう考えることで受け取られる印象が大きく変わります。過去の自分の「説明」はどのようなものだったか思い返してみてはいかがでしょうか。

Written by S.Seki


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